「クルマのない生活」今泉みな子 白水社
ドイツのフライブルグ在住の著者は、環境先進国のドイツの現状を教えてくれる。
地球温暖化は実は科学的にはどうもおかいい。などという説もあるが、これだけ地球資源を浪費し続ける、人類にとってはやはり、考えて見なければいけない課題である。
そしてこの問題のやっかいなところは、全地球的規模なので、われわれちっぽけな個人がやってみたところで、あまり影響がないのだが、さりとて個人のレベルで一人一人が実行しなければ、ものごとは進んで行かないということである。
国や地方自治体に様々な施策をおこなってもらうには、税金もかかる。もっともアメリカのように「グリーンニューディール」で新しい産業として位置づけようと動きもある。確かにアイデアであるが個人ができることから始めるというのが、この運動にふさわしいように思える。
日本人はかつての江戸時代のように省エネ、循環型の生活に、なじみがあるのでこれは得意の分野ではないだろうか。精神修養的に対処しようとする日本人に比べて、合理的なドイツ人の場合は少し違うようだ。
「カープーリング」や「コール・ア・バイク」などは日本でもできそうな面白いシステムである。(内容は本を読んで下さい)なかでも興味を引いたのは、木材発電である。木材のチップを燃やして発電するのですがこれがブームであることは日本ではあまり知られていない。
照明一つにしても、この本にあるように、どれほどつっこんで考えてみたことがあるだろうか。本当に「環境にいい」とは川上、川下いずれの状況も全て考えてみなけれいけない、大変面倒なことだとよくわかる。
本は出会いであるというが、いい本にめぐり合え、よかった。彼女の本や訳した本を少しずつ読んでみようと思う。 (ま)
「わたしには家がない」ローラリー・サマー著 竹書房
ハーバート大に行ったホームレス少女と副題の通り、母親とホームレスになった少女が転々とアメリカ国内を、シェルター(避難所)暮らしを続けていきながら、最終的には天下の名門ハーバート大学を卒業する話である。
実話なのでアメリカンドリームの一つとしてアメリカでは大きくとりあげられたらしい。
日本ではあまり聞いたことがなかったが、読んでみて飾り気もなく率直に自分の気持ちを淡々と書いている様子に、思わず引き込まれていった。
厳しいしつけもされず、どちらかというとだらしのない生活を送る母親に反発し、愛するという複雑な親子生活を送りながら、まともな教育も受けられなかった少女が、なぜハーバート大学に入学することができたのかそれも興味あることであった。
やはり第一にあげられるのは、彼女の「読書好き」である。まわりがどんなに悲惨な状況でも、本を愛し、その中に没入することで、自分の世界を築き上げていった。それが彼女の心のシェルターであり、支えでもあった。小学校や中学校が頻繁に行われる引っ越しなどでまともに通うことができなくても、学校で習う以上のことを図書館などで借りたほんで「独学」により学ぶことができたという。それは半端な量の読書ではなかったはずだ。それこそ本を親代わりにして育ったともいえる。
もうひとつは彼女のねばり強さだ。貧困家庭、女性というハンディの中で常に生きることに意味を見いだせなければならなかった彼女は、ハーバート大学レスリング部に入部して女性として頑張る。がしかし女性としての限界も感じて、自分が部のお荷物になっているのではと壁につきあたる。しかしコーチの助言で「くじけない精神が人生にとって大事でありそれを培うためのレスリング練習」という視点にたちもういちど自分をふるいたたせていく。
これは単なるサクセスストーリーではない。
彼女の心の動きなども、自分がそのような状況に置かれたらと納得いく描き方がなされている。
ネットカフェで暮らす日本の若者たちなどにもぜひ読んでもらいたい本である。
それにしてもアメリカも日本と同じ学歴社会で、ハーバート大学で学ぶのは、大半が金持ちの子弟というのも何やら日本とよく似ている。
教育、社会福祉、人種問題などアメリカの抱える負の部分が浮き彫りになってくる。日本は戦後アメリカにあこがれ、つい最近もアメリカ型社会がグローバルスタンダードだと信じてきた。しかしその底辺に住む人々は劣悪な環境にある。彼女を支えたのは、彼女を囲む周りの暖かい人々の心であったことも事実である。せめてこの心だけは日本にも負けずに持っていきたいものである。
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